幌延町の心霊スポット

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幌延町(ほろのべちょう)

幌延町とは

町名はアイヌ語のポロヌタ(山の湾曲)に由来する等所説あり。
原子力発電所の誘致を巡って揉めたことがある(幌延問題)が、和解後は風力発電所の設置や雪水エネルギーの活用が行われている。
産業では観光業に力を入れており、「トナカイ観光牧場」ではトナカイの肉を使った料理が振舞われている。

幌延町の心霊スポット

幌延トンネルには自殺した親子連れが出ると言われている。
車のドアを勝手に開けて侵入するなど、かなりアグレッシブな霊のようである。


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Part3

幌延トンネル

296 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:04/05/18 14:48 ID:CeksmGH4

幌延トンネルで自殺した親子の霊が出るらしい。
出るの母親でかなりの美人らしい。
時間帯はほぼ決まっていて、1:00から3:00の間。
無理やり車内に乗り込んでくることがあるそうだ。

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Part2

幌延トンネル、富美地にあった家、常紋トンネル、大森海岸

190 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/11/12 15:46

■幌延トンネル
親子連れで自殺した幽霊が目撃されることで地元では有名。
かなりの美人でスケベ心を出して載せるとシートが濡れているらしく深夜、
勝手に車のドアを開けて乗りこんで来ることも。恐怖のあまり発狂する人もいるそうだ。
国道40号線、旭川市から稚内市へ車で2時間半

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宗谷本線幌延~下沼間約203km

825 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:04/02/20 11:55

宗谷本線幌延~下沼間約203kmといえば、日本最北端の町稚内から南に 56キロ程下った所で、
そこはなだらかの丘陵地帯である。線路付近の丘の上からは、淋しいサロベツ原野が一望にみえる。
線路は昔、トンネルだった所を切り開いた切り取り箇所である。土質が非常に悪く、
ことに春先の雪解けには、どろどろになった土砂が線路一面にあふれ、昔から保線や泣かせの場所だった。

昭和30年、試験的に法面(のりめん)を一部格子張りにしてみようということになり、
私がこの工事監督補助者として勇躍現場にのりこんだ時のことである。
人家はほとんどない場所なので飯場が作られ、人夫はその飯場に泊り込みで仕事をした。
監督補助者も稚内から一番列車で通勤していたが、道北の秋は 日毎に寒さを増し通勤が大変になってきたため、
飯場からすこし離れた線路見張所をちょっと改造し、そこに泊まり込むことになった。
泊り込みを始めてから一週間目のある晩、あたりは、最終列車も通り過ぎ静寂そのものであった。
その時、ふと目がさめたところいずこともなく、カラン コロン、
カランコロンと下駄の音が線路伝いに近ついてきて、音は小屋の前でぱったりと消え、トントンと戸をたたくのであった。
また人夫が遊びに来たのかと思い、「お入り」と声をかけた。ところが何の返事もない。
しばらくたち、またトントンと戸をたたくので、なんて遠慮深い人夫だろうと思って「入れ」と大声で怒鳴ったところ、何の応答もない。
小屋の戸を開ける様子もない。はてなと思い布団から起き上がり、戸を開けてみたところ誰もいない。
ただ二本のレールが深夜の月に青白く光って 、どこまでも続いているだけである。
飯場の方も暗闇で、人夫たちもどうやら寝静まっている様子で、誰も小屋の方に来た様子もない。
何だか、急に襟元が寒くなり、あわてて布団の中にもぐり込んだ。

826 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:04/02/20 16:59

その次の晩、夜中に目が覚めて、うとうとしていると、またもカランコロン、
カランコロンと足音が聞こえてきた。今度は心臓が、ドキドキしていると、トントンと戸をたたかれたので、
本当に誰か来たのかと思い返事をしないわけにも行かず、やっとの思いで「お入り」と・・・いった。
しかし何の応答もない。ドキドキする胸をおさえて戸を開けてみたが誰も見えない。

三晩目は、初めから憂うつであった。小屋をうつ雪の音がしんしんと 耳につく。
どのくらいたった時か、ふと目がさめた。するとまた足音がし、戸を たたく音がした。
急になんだか胸が苦しくなり目を開けてみると、黄色い縞の着物を着た乱れ髪の青ざめた女の人が
布団の裾にスウーと立っている。一般に幽霊は気のせいだといい、その時まで私はそのとおりだと信じていたが、
その観念は完全にうち破られた。 幽霊はまもなく消えたが胸の動悸はおさまらず、
布団の上に座り座禅を組み手を膝の上にあて目をつぶっていたところ、
私の手を握るものがある。見ると白い手である。
夢中ではねのけたが、その冷たかったことは今でも覚えている。
気がついてみると丹前の裾が乱れ、大事な一物が小さく縮っまていた。
この現場に夫婦の人夫が飯場に働いており、夫は土方、妻は炊事婦として働いているうちに、
妻の美しさがあだとなり飯場のおやじとの間についに騒動が持ち上がり、この夫婦が悲惨な最期をとげた。
この妻の怨みが残っているとのことであった。
もしも皆さんが当地を訪れる機会があったら、線路右側のお地蔵尊が目につくはずだ。
今まで話した二〇三キロメートル地蔵尊がこれである。
皆さんもこの北海道開発の恩人たちの霊を慰めるためにお祈りしていただくようお願いする

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