まんのう町
神野
満濃池
携帯からの写真で画質が悪いですが、満濃池の写真です。さっきまでいました。ルートとしては池を半周くらいしてきました。質問があれば受け付けます
>>240
乙です!
写真の変なモヤは光の反射か何かかな?
現場の雰囲気はどうだった?
池の奥のほうによく心霊写真が撮れるって噂の橋があるらしいんだけどどこらへんまで回った?
>>243
反射するものが無かったので何とも言えません。
現場は風もないのに波が立ち、歩いているとなにか金属のぶつかり合う音がひたすら聞こえて来てました。
なんだか音は近づいてきているようで大変怖い思いをしました。
とりあえず、ついてすぐのところにある碑の方へ歩いていきそこから奥へ歩いて行きました。橋らしきものは確認できていません。
>>244
写真撮ったとき車のライトとか懐中電灯とか点けてた?
このモヤってどうなって写ったんだろ?
>>246
車のライトはつけていません。懐中電灯も持ちこまず携帯の明かりのみです。
多分、羽虫がかなりいたので虫ではないでしょうか?そうであってもたいたいです。
造田
首切地蔵
首切地蔵
>>219
これってどういう感じのアレなの?
詳しくないからわかんないな…..
説明してください、誰か!
>>220
香川県首切峠の旧道にある首切地蔵です
首切峠は、県道府中琴南線の綾歌町西分と琴南町造田の境に位置する。
今から遥か昔の戦国時代。この峠の東側の山頂に造田城があり、造田備中守という郷士が一帯を支配していた。
天正7年(1579年)土佐の長宗我部元親がこの地に侵攻し、戦に敗れた備中守は、城に火を放ち、自決する。
また捕虜となった家来たちは、皆この峠で首を切られたという。
そして、いつしか村人達はその場所を首切峠と呼ぶようになった・・・というのがこの不気味な峠の名前の由来である。
首切峠の道端には、不気味にすら思える多数の社のような墓や、地蔵がひっそりと建っている。
近年新しい道路が出来、旧道はフェンスで閉ざされているが、以前から日が落ちた後に峠を通ると、うめき声が聞こえた、
鎧を着た首の無い武士の霊を見た等の話が絶えなかった。
そのため、峠の頂上東側には400メートルほど旧道が残されており、そこには、備中守と家来達を供養する
「三界万霊・引化2年3月」と刻まれた首切地蔵が、今現在もまつられている。
しかし彼らの無念は晴らされることなく、今もさまよいつづけている・・・。



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